新しい民俗学へ - 小松和彦

小松和彦 新しい民俗学へ

Add: iqati5 - Date: 2020-11-29 12:33:43 - Views: 9065 - Clicks: 310

柳田國男は妖怪を「零落した神霊」と捉えました。かつては人間に良き恩恵をもたらした神が、時代が下るにつれ人々の信仰心が失われた結果「妖怪」として立ち現れた。したがって河童は水神の、山姥は山の神の零落したものと考えたのです。 しかし『古事記』や『日本書紀』には、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)をはじめ、数多くの災厄をもたらす神霊、つまり柳田説でいうところの「零落した神霊」に相当する存在が記述されています。 周知のように日本には古来、自然崇拝の信仰がありました。あらゆるものにはそれを活気づけている魂があるとする「アニミズム」の伝統です。生きているものだけでなく、およそ名づけられるものすべて、言葉にさえも言霊(ことだま)という魂が宿っている。 その魂は擬人化されています。人間の喜怒哀楽と同じように魂にも喜怒哀楽がある。魂が喜び楽しんでいれば、その恩恵を分けてもらおうと神社を建て手厚く祀りました。逆に怒り哀しんでいると災厄を受けてしまうので、作物を奉納したり神楽を舞うなどして魂を鎮めたわけです。 妖怪とは怒り哀しむ魂が荒れ、祀られても鎮められてもいない状態と考えられます。どんな魂にも、人間に対してよい恩恵をもたらすか、悪い災厄をもたらすかの二面性があって、おそらく妖怪は悪い方の魂の側面を映し出したものなのでしょう。ですから妖怪を「零落した神霊」と考えるよりも、古代から人間に災厄をもたらす悪い神霊、「もののけ」的な存在として、日本人の文化のなかにあったと考えた方が自然ではないでしょうか。. 『異人論─民俗社会の心性』小松和彦(ちくま学芸文庫)1995年285頁目次(収録作品)1 異人の民俗学(異人殺しのフォークロア―その構造と変容)2 異人の説話学(恐怖の存在としての女性像ー化物退治譚の深層/猿聟への殺意―昔話における「主題」. 『これは「民俗学」ではない 新時代民俗学の可能性』 小松和彦 編 福武書店 従来の枠のままでは、今後の民俗学は学として成り立たなくなる。 そんな焦燥感から暗中模索・試行錯誤に走る民俗学徒の姿は前世紀末からあちこちで散見される。.

小松和彦責任編集. 新しい民俗学へ―野の学問のためのレッスン26 新世紀を迎えた中、当時の民俗学徒はこの先の日本民俗学の存在意義を求めて試行錯誤(悪あがき?)を重ねていたのだった. 小松, 和彦(コマツ, カズヒコ) Komatsu, Kazuhiko. Komatu, Kazuhiko. 水辺にまつわる妖怪となると、よく知られているのが「河童」。「河太郎(がたろう)」「猿猴(えんこう)」「かわそ」など、地方によってさまざまな呼び方があります。おそらく水辺に出没するサルやカワウソなどが、タヌキやキツネと同じように化けて人をだます霊力をもったもの、と考えられていたのでしょう。川や用水で仕事をする大人や水遊びをしている子どもの水難事故は、そのような動物の幻想化した存在が引き起こすというわけです。 関東から東北地方で使われていた河童という言葉が、それらをまとめる総称として江戸時代に採用されましたが、当時の本草学者(博物学者)には、中国に伝わる水辺の妖怪「水虎(すいこ)」という項目に河童や猿猴などを分類している人もいます。実際、青森県津軽地方など「すいこさま」という水神を祀る民間信仰が残されている地域もあるのです。 人手不足を補うため大工の棟梁が呪力で人形に生命を吹き込み、無事に建物が完成すると元の人形に戻して川に流したのが河童になった、といった逸話も残されており、河童伝説はさまざまです。 いずれにせよ、もしやいるかもしれない「雪男」や「ツチノコ」に類する〈未確認動物〉のイメージで江戸時代から捉えられてきました。 ただし、河童がもたらす災厄は日常生活のアクシデントです。もっと規模が大きく破壊的な水害は、大蛇や龍の化身した悪霊が引き起こす、とされてきました。大雨による洪水被害が頻発した岐阜県南木曽(なぎそ)町では古くから土石流のことを「蛇抜(じゃぬ)け」と呼んでいます。大蛇が走り抜けて山津波を起こすわけです。 時代が下るにつれて河童には滑稽なイメージも付与されてきました。絵画化することで恐怖をコントロールする意思も働いたのでしょう。現代では、日本水泳連盟が河童を公認マスコットキャラクターにしたり、「河童が棲めるきれいな川に戻そう」など、自然環境をないがしろにしてきた反省を促す水質再生のシンボル的な役割も果たしています。. 6 図書 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26. 11 形態: 323, xip ; 19cm 著者名:.

。 小松私もそう思っていて、実はすでに準備を進めているところです。今は視覚がものすごく求められる時代ですからね。絵巻物などの絵画をデータベースに組み込んでいって、妖怪の持つあの雰囲気をより伝えられるものにしていきたいと思います。 多くの人に見てもらって、妖怪の面白さを再発見してもらえるとうれしいです。 ──完成が待ち遠しいです。 本日は楽しいお話をありがとうございました。. See full list on athome-academy. Amazonで和彦, 小松, 一敏, 関の新しい民俗学へ―野の学問のためのレッスン26。アマゾンならポイント還元本が多数。和彦, 小松, 一敏, 関作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。.

新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26 著者 小松和彦, 関一敏 編 出版社 せりか書房. 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26 資料種別: 図書 責任表示: 小松和彦, 関一敏編 言語: 日本語 出版情報: 東京 : せりか書房,. 妖怪も人間がつくり出した文化の一つで、きわめて広義な概念です。自分のもつ知識ではすぐに了解できない不思議な現象や存在、現代の言葉でいえば科学的・合理的に説明できない現象や存在を広く「妖怪」と呼んできました。「怪異」(現実にはあり得ない、異様なこと)とほぼ同義語なのですが、どちらかといえば怪異は現象を指し、妖怪はそれに形を付与した存在のことです。 例えば、山へ出かけたらなんだかわからない物音がする。明らかに人間が出している音ではない。すると、当時の人々のもつ知識に照らして、あれは天狗や鬼のしわざだ、となります。現象を引き起こしている原因として不可思議な存在を想定するわけです。あるいは、タヌキやキツネが化けているのではないかと、その地域社会のなかで神秘的な力をもつと言い伝えられている動物を、現実から探し出して原因とします。 天狗や鬼といっても姿形は見えない。「いや、見たんだ」「真っ暗闇のなかで鼻をつままれた」など、それぞれ経験談をもち寄って、こんな姿形ではないかという共通のイメージがやがてできあがります。しかし絵は特殊な能力がないと描けません。農山漁村に妖怪の話は数多く伝わっていますが、ほとんど絵は残っていない。せいぜい絵師に頼んで絵馬として描き神社に奉納したくらいです。 妖怪の絵は都の絵師たちがイメージを膨らませて描きました。例えば僧侶が布教活動のため絵師に頼んで高僧の一代記を紙芝居のような絵にして信者に説いたわけです。偉いお坊さんの生涯には、霊験あらたかにも不思議な力を使って鬼を退治した、といったエピソードもあるので、絵師はなんとかして鬼に姿形を与えなければなりません。鬼という言葉は『古事記』『日本書紀』にも登場するし『今昔物語』にも一つ目だとか鹿の頭をしていたとか、文章による記述はありますが絵はついていません。だから絵師は言い伝えを元に自らの想像力を駆使して描くしかないわけです。それが今に伝わりました。 目に見えない恐ろしいものに名前をつけて姿形を与えるのは、恐怖をコントロールする意味合いもあります。例えば節分の豆まき。誰かが鬼の面を被れば、その鬼に向かって「鬼は外、福は内」と豆をぶつけ、退治すればいいわけです。そうすると鬼が退散するから穢(けが)れがもち去られる。絵にしたり、お面にしたりして、見えないものを見えるようにするのは、人間が恐怖をコントロールして. See full list on mizu. 危機にある民俗学の再構築を企て、かつ自ら創造的に実践する―。人はなぜ慰霊祭を行い慰霊碑を建てるのか、なぜ人は神に祀るのか。日本人の慰霊行為の考察を通じて新しい民俗学の可能性を切り開く迫真の最新論文集。 tポイントが使える、貯まる。 「小松和彦」の用例・例文集 - 監修者は、妖怪研究などを専門とする民俗学者で、日文研教授の小松和彦である。 ただし小松和彦はニーダムの仮説を「安易に心理学に頼りすぎている」として斥けている。. 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26 / 小松和彦, 関一敏編 フォーマット: 図書 タイトルのヨミ: アタラシイ ミンゾクガク エ : ノ ノ ガクモン ノ タメ ノ レッスン 26.

妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心 新しい民俗学へ - 小松和彦 (講談社学術文庫) 作者: 小松和彦 出版社/メーカー: 講談社 発売日: /07/11 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (1件) を見る 現在の妖怪学の理論的な枠組みを確立した研究者である、小松和彦氏。 本書はその「小松妖怪学」のエッセンスが詰め込まれた. —— 昨年、各地に散らばっている妖怪や怪異を集めたデータベースをインターネット上で公開されましたが、大変な人気のようですね。私も拝見させていただきましたが、ものすごいボリュームで驚きました。 小松約1万6,000件収録しています。ジャンル別に多いものから順番にいうと、キツネ、天狗、タヌキ、河童、大蛇、蛇、鬼. 小松和彦さんの動物キャラクターは順応性のある狼です!有名人の個性、性格がすぐわかります。 小松 和彦(こまつ かずひこ、1947年7月13日 - )は、文化人類学者、民俗学者。口承文芸論、妖怪論、シャーマニズム、民間信仰などを研究。. 小松和彦 「 異人論 」 文化人類学の本。異人や妖怪に関する民俗伝承から 民俗社会の心性を抽出した本。中沢新一 氏の解説も本編理解を深めている 主な内容 *異人殺しの民俗伝承から、異人を見る民俗社会の心性を分析. 小松和彦 新しい民俗学へ 野の学問のためのレッスン26 : 小松和彦 | HMV&BOOKS online本サイトはJavaScriptを有効にしてご覧ください。. Amazonで小松 和彦の神なき時代の民俗学。アマゾンならポイント還元本が多数。小松 和彦作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また神なき時代の民俗学もアマゾン配送商品なら通常配送無料。. ──妖怪は時代によっても違うとのことですが、日本ではどのように変遷してきたのですか? 小松古くは自然や動物などに対しての畏敬の念から、そういうものをベースにした妖怪が誕生しました。例えば、鬼や天狗、河童がそうです。 ──鬼といえば、源頼光が退治した「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の話が有名ですよね。 小松京都の大江山に住む酒呑童子を頭とする鬼の一党を、毒酒で退治する話ですね。酒呑童子は、病気や災厄をもたらすものを「鬼」として祓(はら)い落とすという陰陽道信仰をベースに生み出されたと考えられますが、もともとは土地神だったという説もあります。 ──いずれにしろ、人間が制御できないものに対する畏敬の現れですね。 小松それから時代が下がると、人工物(道具)から生れる妖怪が登場します。これは、人々が自然から離れ、文化(人工物)に囲まれた生活を送るようになり、人工物にも魂が宿ると考えられるようになったからです。 「付喪神絵巻(つくもがみえまき)」や「百鬼夜行絵巻(ひゃっきやぎょうえまき)」などのように、使い捨てにされることに怒った古道具たちが妖怪になってパレードをするという絵巻がたくさん描かれています(下絵参照)。 ※『化物婚礼絵巻(ばけものこんれいえまき)』はこちら —— それまでの鬼や天狗といった恐ろしい姿から、ちょっと愉快な姿になりましたね。 小松この頃から、妖怪には物語性やスケールの大きさよりも、種類の多様性が求められるようになってくるんです。ある意味、妖怪の「キャラクター化」といえますね。 そして、社会がさらに成熟してくると、今度は人間関係が生活の重要な要素となり、四谷怪談のように人間の幽霊、妖怪が主流になります。 —— 妖怪の姿から、その時代の社会や文化、人々の心が見えてくるのですね。.

──先生は妖怪学の第一人者としてご活躍されていらっしゃいます。本日は妖怪の魅力や妖怪をめぐるお話をいろいろとお伺いしたいと思っていますが、そもそも妖怪学とはどういうことを研究する学問なのでしょうか? 小松文化人類学の切り口の一つです。文化人類学とは、その地域の生活習慣や家族のあり方、農具、お祭りなどから民俗の特性を研究するものですが、私は妖怪を切り口として、日本人の民俗性を見出そうと思ったのです。 ──他にテーマはいくらでもあるのに、なぜ妖怪を選ばれたのですか? 小松おそらく多くの方がそうだったと思いますが、子どもの頃から日本の妖怪話や、西洋のフランケンシュタイン、ドラキュラといったものが好きだったんです。それに、妖怪を切り口にした研究はまだ誰もやっていなかったので、これは面白いと。 最初は「妖怪なんか学問の対象にはならない」といわれたりもしましたが、お陰さまで今では「学」として立派に認知されるようになりました。 ──宮崎駿監督の映画もそうですが、今、妖怪を描いた漫画や小説がとてもヒットしています。そういう方達は、先生のご著書に刺激を受けてヒット作品を生み出しているようですね。 小松そういう方達を知的に刺激することも、ある意味、私の仕事かもしれません。こうした相乗効果もあって、妖怪や妖怪学への関心が高まっているんだと思います。 ──妖怪ブームはまだまだ続きそうですね。 それにしても、どうして私達はこんなに妖怪に心惹かれるのでしょうか?子どもの頃はもちろんですが、大人になった今でも、妖怪話と聞くとなんとなく耳をそばだててしまいます。妖怪とは一体何者なんでしょうか? 小松妖怪は、人間の心の闇、恐怖心から生れたものです。 例えば暗闇や背後など実際に目に見えないところ、社会に対する不安などが妖怪を生みます。過去の歴史をみても、戦国時代や幕末など、社会情勢が不安定になると必ず妖怪ブームが起こっています。今のブームの背景にも、同じことがいえるのではないでしょうか。 人間は、身近にある目に見えないもの、未知なるものへの恐怖心をそのままにしておくのは不安なので、それをコントロールするために名前を付けたり、形を与えたり、拝んだりすることで、自分を安心させるのです。 見えないものに対する不安は、いつの時代も変らないもの。妖怪は文化を探る上でとても大きな「装置」なんです。 こうして. 小松, 和彦(1947-), 関, 一敏(1949-). 。高岡弘幸 ”村の制裁に関する資料を眺めてみると、犯人が判明しない場合、大きく分けて「占い(託宣)」「投票. 元をたどれば、妖怪という漢字は中国で使われていました。宮中で天変地異や怪異現象が起きるとそれを妖怪と表した。なんと発音していたかはわかりません。日本でも平安時代の『続日本紀』などには「怪異」に近い言葉として見られますが、次第に使われなくなります。むしろ「もののけ」という大和言葉の方が一般的でした。「もの」とは、それこそ森羅万象、見えないものも見えるものも表すもっとも広い概念の言葉です。何か特定の事物を指し示しているわけではありません。「け」は気配ですが、むしろネガティブな「気」として「怪」の字をあてたりします。だから「もののけ」とは「なにかしらわからないけれど怪しい気配」。 江戸時代の草双紙(くさぞうし)にも「妖怪」の文字は出てきますが「ばけもの」とルビがふってあることが多い。明治時代に仏教哲学者の井上円了(いのうええんりょう)(注)が、怪異現象や化け物や幽霊などはすべて科学的に説明できると主張し、そうした非合理的な迷信全般を撲滅する対象として妖怪という言葉でくくって「妖怪学」を提唱しました。ですから、当時はまだ特殊な言葉でした。 しかしその後、『日本妖怪変化史』を著した風俗史家の江馬務(えまつとむ)や妖怪を民俗学の対象とした柳田國男に代表されるように、それを信じる信じないは脇に置いて、歴史に残る逸話や農村に伝わる民話のなかから妖怪にまつわるものを拾い上げ、日本人の文化の生きた証の一つとして記録し研究されるようになったのです。 (注)井上円了 雑誌『東洋哲学』を創刊するなど仏教と東洋哲学の啓蒙に努める。後に東洋大学となる哲学館を設立。迷信打破のために1894年(明治27)『妖怪学講義』を著し「妖怪博士」と呼ばれた。. 1947年東京都生まれ。民俗学・文化人類学者、国際日本文化研究センター名誉教授。東京都立大学大学院社会科学研究科博士. 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26 フォーマット: 図書 責任表示: 小松和彦, 関一敏編 言語: 日本語 出版情報: 東京 : せりか書房,. 小松 和彦(こまつ かずひこ、1947年 7月13日 - )は、日本の文化人類学者、民俗学者。国際日本文化研究センター名誉教授・元所長。埼玉大学 フェロー。シューレ大学アドバイザー。口承文芸論、妖怪論、シャーマニズム、民間信仰などを研究。東京都出身。. 民俗学者で人類学者の妖怪について造形の深い小松和彦について語りましょう 2 天之御名無主 /09/23(水) 02:17:25.

日本ほど多種多様な妖怪の文化が花開いた国は珍しいと思います。あらゆるものに魂が宿る「アニミズム」の発想からすると、妖怪もどんどん細分化して一つひとつ名づけていく。 例えば朝鮮半島では日本の妖怪に近いものを「トッケビ」といいますが、それ以上あまり分けません。不思議な現象はだいたいトッケビのせいにします。ところが日本ではいちいち名前をつける。「小豆洗い」「べとべとさん」「砂かけ婆」「一反木綿」「ぬらりひょん」. 「身近な冠婚葬祭の不思議」(橋本裕之編・著『目からウロコの民俗学』pp14-51 PHP研究所)年3月 「稲・米」(小松和彦、関一敏編 『新しい民俗学へ 野の学問のためのレッスン26』pp145-154 せりか書房)年11月. 所属 (現在):国際日本文化研究センター,大学共同利用機関等の部局等,名誉教授, 研究分野:文化人類学,宗教学,文学一般(含文学論・比較文学)・西洋古典,考古学,文化人類学・民俗学, キーワード:宗教,昔話,怪異,儀礼,中国,シャーマニズム,生命観,生命主義,陰陽道,いざなぎ流, 研究課題数:23. と続きますが、キツネだけでも1,546件、天狗が831件、タヌキが575件もあります。 本年度末には、さらに件追加する予定です。 ──それだけ集めるのはご苦労されたのでは? 小松伝承を中心に拾い集めたのですが、地域によって偏りがでないように気を遣いました。どの地域にどんな妖怪がどれだけいるか、数量から何が見えてくるかというのは民俗性を探る上で重要な要素ですから。 ──妖怪一つひとつについての説明が簡潔にまとまっていて、何時間でも飽きずに見ていられるくらいでした(笑)。ただ、欲をいえば、それぞれの妖怪の姿形が分る絵画があるともっと面白いなあと.

小松和彦 文化功労者顕彰に際して公表された肖像写真 小松 和彦(こまつ かずひこ、1947年7月13日 - )は、日本の文化人類学者、民俗学者。 国際日本文化研究センター所長。. さまざまな分野にひらかれた新しい民俗学大系(全8巻)の全貌が明らかに。 人間の心の奥底に迫る「怪異」と「不思議」の世界。 怪異の民俗学 7 / 小松 和彦【編】/柳田 国男【ほか著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア. 7 図書 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26. 民俗学者の小松和彦氏が認めてくれた耳鼻塚供養の重要性 年9月26日 / 最終更新日時 : 年9月26日 kyotoheiwa 最新情報 一週間前ほど前の朝日新聞に「かあさんのせなか」というコラムがあった。. 고마쓰, 가즈히코.

小松和彦還暦記念論集刊行会編. 柳田民俗学の現代的蘇生(日本の社会科学-3-柳田民俗学) 小松 和彦. 5 図書 新しい民俗学へ : 野の学問のためのレッスン26. 経済セミナ- (247), p103-112, 1975-08. 小松和彦 KOMATSU Kazuhiko 国際日本文化研究センター所長。専門は文化人類学、民俗学。著書に『妖怪文化入門』(年、角川ソフィア文庫)ほか多数。. 小松和彦(コマツカズヒコ) 1947年東京都生まれ。1970年埼玉大学教養学部教養学科卒。1976年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。専攻は文化人類学・民俗学。. 怪異の民俗学(5) - 小松和彦 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. 一般的に、日本の妖怪研究は、現在の第一人者である小松和彦を中心とした「民俗学」で行な われることが多い、というイメージがある。だが実際のところ、現代の民俗学において、妖怪研 究はそれほど盛んではない。.

などなど。 『今昔物語』や『宇治拾遺物語』に登場する「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」とは、百人の同じような鬼ではなく、違う姿形をした100種類の鬼です。中世くらいから鬼も細分化が始まり、丹波国大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)など、地域によって異なる鬼も伝わりました。 種類の多さも珍しいですが、それと同時にせっせと造形化したのも日本の特性です。その伝統は『妖怪ウォッチ』に至るまで連綿と続いているのです。漫画家の水木しげるは『ゲゲゲの鬼太郎』の敵役に多くの妖怪を登場させましたが、『百鬼夜行絵巻』や幕末の絵師、鳥山石燕(とりやませきえん)の妖怪画などを参考にしています。さらには昔話や民間伝承に登場する名前だけの妖怪にも姿形を与えた。それが広まり、多くの人が妖怪と聞けば水木しげるの絵を思い浮かべるまでになったわけです。 「アニミズム」と仏画・絵巻などの内容や思想を説き語る「絵解き」の伝統が日本のマンガ、アニメ、ゲームに多種多様な妖怪を登場させました。日本人は妖怪を媒介にしつつ、想像力を働かせてさまざまな文化を生み出してきたし、それが現代にも残っています。今、妖怪が豊かな文化資源となって世界にも発信されていることを、海外の日本研究者は羨ましいと言います。 空を飛べる魔法はありませんが、かつての人々は物語をつくって、そのなかで空を飛んだり、海底の竜宮で遊んだりしていました。つまり現実を潤すような夢の世界だったわけです。妖怪も同じです。もしも、私たちの世界から妖怪や妖怪にかかわるものは迷信だから一切使ってはならないとされたら、とても不自由でしょう。 だから、この世知辛い現実をひととき忘れ、空想の世界に遊ぶファンタジーとして私たちは妖怪を楽しめばいい。妖怪のいない世界なんて味気ないじゃないですか。 (年3月3日取材) PDF版ダウンロード.

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